目指すはAORファンの聖地となるバー [伊藤豊]
伊藤さんは、「怪鳥(かいちょう)」というニックネームがある。
「今はもうないんですが、AORのクラブというのがあって。
そこの第2期の会長をしていたんです。
ただ、“会長”というとちょっと偉そうなんで、“怪鳥”にしたというわけです」。
なるほど。
だが、怪鳥も“?”だったが、私にとってはAORも “?”だ。
AORとはAdult Oriented Rockの略で“大人志向のロック”という意味らしい。
「簡単にいえば、ロックといっても、ハードロックやヘビーメタルとは対極にある、うるさくないロック。’70年代後半から、既成のロックにジャズやソウルのエッセンスを入れて、オシャレに聴かせる音楽が流行りだしたんです。それがAOR」。
伊藤さんがAOR好きになったのにはこんな理由がある。
「親がTVよりも、ラジオを聴くのが好きだったんです。ラジオを聴きながら家事をやったりして。だから、小さい頃から音楽には親しんでいましたね。
向こうのヒットチャートをリアルタイムで紹介している番組があって、毎週欠かさず聞いていました。今でも何年の何位とか、大体わかりますよ。だからお客さんに“オタクだ”って言われちゃうんですよね(笑)。この曲は、82年10月の4位」。
と、かかっている曲のチャートをすらすらと言い当てる。
「幼い頃は歌謡曲が好きだったけれど、中学生ぐらいになると、洋楽に興味が移ってくる。
その当時はやっていたのがAORだったんです。AORを好きになったきっかけといったらそんな感じかな。具体的なものがあるわけじゃないんです。ソフトで耳ざわりがよかったから、自然に刷り込まれた感じですね」。
当時――70年代後半~80年代前半――は、雑誌のポパイが創刊されるなど、カリフォルニアやロサンゼルスの文化に対する憧れが強い「西海岸ブーム」だった。
80年に発表され、文壇でも話題に上った元長野県知事の田中康夫氏のデビュー作『なんとなく、クリスタル』にも、AORのアーティストが名を連ねる。
「今は、AORは過去の流行モノみたいな感じで捉えられていて。まあ、実際そうでもあるんですけど。
でも、メロディのきれいさは、夜景を彷彿とさせたり、ドライブなどのシチュエーションに合うし、根強いファンも多い。
良くも悪くもBGM的だから、正座して身構えて聴くのではなく、楽しいことをしながらそのバックに流れている――そういうのが似合う音楽なんです」。
店においてあるCDの大半がAORで、お客さんもそれを聴くのを楽しみに足をのばす。
「バーというと、2,3杯軽く引っ掛けるというのがスマートというイメージがあるけど、うちの場合は、ゆっくり音楽を聴いて、心いくまで音楽の話をしている方が多いですね」
伊藤さん自身も、仕事をしながら、曲に聴き入ってしまうこともあるそうだ。
そんなときは、海沿いをドライブしている気分にトリップしているという。
「もともと趣味的な部分から入っている店だから、店を開けると同時に蝶ネクタイ締めて、ピシーッと緊張感が張り詰める、みたいなオーセンティックなバーのようにはならないですよ。日常の続きといった雰囲気です。お客さんもそういうものを求めているんじゃないかな。
“カウンターの中に入っている人間のキャラクター”が“店のカラー”になるから、全部の人に合わせることはできないと割り切っている部分はありますね」。
とはいっても、オープン当初は、まったく客が入らないという日もあった。
「そのときの不安感は今でもなくなったわけではありません。
でも、修行先のマスターにもいわれていたんですが、とりあえずは自分を信じてじたばたせずに我慢してやることだと思ってます。コンセプトをコロコロ変えるのではなく、まずはこのスタイルで続けてみようと」
その結果、今では“オヤジの飲み屋”の多い界隈で、Breezin'を選んでくる人や、AOR好きがこぞって集まるバーとなった。
「目標は、“AOR好きだったら、一度は必ず行きたい”といわれるバーになることです」
次回は、そんな伊藤さんの秘密と、伊藤さんイチオシのAORのアルバムをご紹介します。
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